この10年


戦後ベストセラー
98/08/08 東京夕刊 書評面 02段
[ロングセラーの周辺]「きけわだつみのこえ」日本戦没学生記念会編

 ◆青春の懊悩と叫び 今の若者の心に届く

 今日は八月八日だが、五十四年前(昭和十九年)の同じ日の日記に、一高(東大)生から陸軍幹部候補生となった鷲尾克巳は記している。〈特操(特別操縦見習士官)に対する嫌悪の情ふたたびしきりなり。特操を止(や)め一兵とならんかとさえ考う〉。翌年五月、特攻隊員として沖縄で戦死。二十二歳。

 沖縄戦のころ、今の大阪外語大生だった網干陽平は入営を目前に控えて、こう書いた。〈俺(おれ)は死んだら可憐(かれん)なハコベ草の花になりたい。他には知られず、権力家勢力家の醜い闘争や、みじめな最期を外に、満身に神の恵みを享受しつつ、楽しみつつ静かに嬉(うれ)しく死んでいきたい〉。終戦直前の八月八日、日本海で魚雷攻撃を受け戦死。十八歳。

 戦後四年、この「日本戦没学生の手記」は初め東大協同組合出版部から刊行された。万全の軍国教育と思想統制下で残された日記や手紙は異例中の異例に属しようが、“知”の洗礼を受けた若者が「国のための死」を受け入れるまでには、これだけの懊悩(おうのう)があった。「学びたい、考えたい、愛したい」。青春の叫びを現実の歴史は圧殺したけれど、人間は歴史に学ぶ能力を持つ。これも現実だ。

 昨年、日本戦没学生記念会が「戦没学生への手紙」を募集した。入選した二十四歳の女子学生は、同年齢で逝った一学徒あての文章をこう結んだ。〈この夏あなたの日記を読み返すことが出来て、本当に良かった! たくさんの涙を流し、そして考えました。願わくは、全世界のひとが一年に一度『きけわだつみのこえ』を読み返さんことを――〉(酊)

 59年10月、光文社刊。第1・2集あわせて67万5000部。各848円。同社と岩波の各文庫版もある。


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